卓ゲーマー達のLeague of Legends #3
16:45:00始めに
対戦ゲーマー然り
ネットゲーマー然り
スマホゲーマー然り
携帯ゲーマー然り
ゲーセンゲーマー然り
今回ネタに挙げた事はLoLをインストールする前から
それこそドラクエRTA界隈に居場所を変えた2012年5月頃(コミュニティ設立日より)から知っていた事だった
そこに至るまでCBに4年ほど浸かっていたので
そもそもは2008年
つまりは8年前からこの世界はこういう所だと私は知っていたのだ
RiotがどれだけLoLをエレクトロスポーツで在る事を押し出したとしても
私達がマッチングする相手はスポーツマンシップに則ったスポーツマンではなく
跳梁跋扈する烏合の衆なのだ
尤も、スポーツマンが皆、スポーツマンシップに則っているかと言われればそうではなく
正直私も、部室に隠れてタバコを吸っているような連中を思い出す辺り
スポーツマンに色々偏見を持ち合わせているのは認めよう
だが世俗の凡人が自己研鑚に喜びを見出し
誠実さや謙虚さを常に持ちあわせているかもまた否であるというのも事実だろう
嗚呼、つまり
人は人間関係を自分の手で選べるし
今の人間関係は自分が選んだ結末なのでその責任がある
故にクソッタレな人間ばかりが集まっているのを知っていて
そこに居座る事の最大の愚か者は
紛れも無く自分自身だと痛感させられる
自らが今までより前に進んでいるかと問いかけた時
選べも操作も出来ない”結果”の責任を押し付け合う世界に根を張る事が
果たして成長していると言えるのか
人は自分で選んだ行動で変えられるのは自分自身だけなのに
自分の都合の良いように他者を操作しようと悪態を吐く環境に身を置き続けるのは
果たして健全だと言えるのか
ゲームシステムは私にとって都合が良かった
正直、完璧だとさえ思いもした
だがどうやら、ネタとしての完璧さよりも
人間性を損なう危険さの方が優っていたらしい
まあ、一寸考えれば分かった事では在るが
繰り返そう
他人は操作出来ない
行動を選び、変えられるのは自分自身だけである
自分の為に選んだ行動の責任は自分にある
故に私は再び身を引く事を選ぶのだ
人格に問題が有ったとしても、ゲームで強ければ英雄に成れる場所とは違い
現実では歪んだ人格の穴埋めを、ゲームの強さは補ってくれないのだから
”神よ変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。”
――ニーバーの祈り より
初音ミクとMegpoid Talk
競争と勝敗に猛烈な執着心を持っている場所にうんざりした話はさておき
今回の本当の目的はMegpoid Talk経由のVocaloidの音声は聞くに耐えうるのか
そもそも辞書機能を共有していないので正常に読み上げる事は出来るのか
そういう実験が裏の目的として掲げていた
どうやらこれは成功したようで
聞き取りづらいが予てより字幕を付けていたので聞けないほどではないらしい
メグポ訛りは私も余り好きな方では無いが
慣れてくると意外と駄目とは思わなくなった
何より辞書が殆ど白紙で
Nicotalk辞書の変換だけ通したら
この難読漢字の嵐でもそれなりに正しく読み上げてくれて
10箇所位しか修正を掛けなかったように思う
今回は音声に対して映像を合わせるという前回までの逆パターンで怠けた調整したので
Step3は4回くらいしか行わなかったように思う
尤も、私は相当に口が悪い方なので
台本執筆までのメモ帳は何度も書き直したもので
ひょっとしたら台本より文字数が多いかもしれない
とまあ
ネタとしては余り面白くもなく
実況プレイを放棄した動画に成ってしまったが
動画制作の効率化というこのブログでネタにしているもう一つの目的は果たしている
これで今後のキャストとして
ミクさん以外にIAさんやVY1V2(使ってなくてゴメンねとしか言いようが無い)も持ち出す事は
手間の拡大には成らない証明となった
因みにUTAU単独音しかNicotalkの処理は対応していないのと
音声合成処理がめちゃくちゃ時間が掛かる(多分Voiceloid3人分より出力時間が長い)ので
UTAUをキャストに起用するのは今後早々無いだろうと考えている
Megpoid Talkの恩恵も半分くらいしか受けられない(ピッチシフトを読み込んでくれない)しね
なお、処理時間最速はCevioである
圧倒的に速いがイントネーションが独特すぎて辞書ファイルがカオスになる
コメント返しはYoutubeで始めたMotovlogで行うと言ったようにそうする予定では在るが
その影響でコメント返信コーナーの姫だったミクさんの出番が無くなってしまうので
今回こういう実験をした次第
元々コメント返しが動画の進行を阻害すると言うか
映画の最中に監督と視聴者の質疑応答が始まったらウザいよねっていう感覚から
コメント返しのコーナーを本編に織り込むのは止めたのだ
そんな色んな意味で実験的な作品だったねってお話


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